e-Commerce サイトは多言語対応? — 欧州ICT社会読み説き術(6)

複数の言語が使われるスイス

スイスは四つの公用語を持つことをご存知の読者は多いだろう。独仏伊語にロマンシュ語である。だが、そういう多言語社会で、ICTとの接点を実体験された方は少ないのではないだろうか。

ICTが多言語社会という現実に対応しようとするとき、それはかなり大変なことになる。多言語、他人種、多文化社会であるジュネーブは、その格好の見本を提供してくれる。

ジュネーブの住民のうち、外国人(スイスパスポートを持たない人)比率は公表値約40%。だが、実際はもと多いだろう。スイスパスポートとそれ以外のパスポートとの両方を持つ人、つまりもともとスイス人では無かった人も、統計上では「スイス人」とカウントされるからだ。

重国籍を認めるスイスのこと、就労、結婚など、様々な理由でスイスに移住した外国人で、スイスパスポートを持つ人は大勢いる。だから街にはいろいろな言語が溢れ、子どもたちは、家庭で、学校で、街で、必然的に多くの言語を身につける。

大人の言語生活も同様だ。この街の多くの人々は、二つ三つの言語をごく自然に使って生活している。片言であろうとかまわない。必要に迫られる場面が日常的にあるのだ。

ウェブサイトに残るちぐはぐ

他方、ICTの多言語社会への適応は、人間のように柔軟にはいかない。ICT産業界の用語は、ほとんど英語一辺倒である。ディジタル、モバイルホンなど、よく聞く言葉は皆、英語が起源だ。つまり、ICTは単言語社会の生まれなのだ。

多言語生活の中の中では、単言語社会育ちのICTシステムは、頻繁にちぐはぐを起こす。

典型的な例は、eBayだ。アメリカ生まれのシステムだから、ポータルが英語なのは結構。

ところが、所在地にスイスを選ぶと、とたんに表示される言語がドイツ語に変わる。スイスの他の言語である仏伊語の選択はできない。スイスで広く使われ、eBayの母語である英語も選べない。

これには不便する人が多いだろう。スイスが多言語と言っても、国民全員が四つ全部のスイス国語を話すわけではない。ドイツ語圏の外には、ドイツ語の苦手なスイス人は多い。eBayには、品物の売買が介在する。そういう時、自信のない言語で、人の顔を見ずに、ウェブ上でお金を払う約束をするのは、かなり度胸がいるのではないか?

実例として、わたしの行動範囲内で目に付く、幾つかのウェブサイトを挙げよう。

サイト ポータル スイス仕様は? コメント
PayPal 英語  英独仏語から選択  言語の選択肢は英語のみで表示。
Vistaprint 名刺など印刷物のオンライン制作、発注 英語  仏独伊語から選択  英語がない。不便する利用者もあるだろう。
Air France(エアフランス) 仏語  仏英独語の選択可。  選択する言語によりスイスの国名表記 も変わる。言語の選択肢は英仏語で表示。ドイツ語がないのはなぜ?
BA(英国航空 英語  英独仏語選択可。  言語の選択肢は英語のみで表示。
JAL(日本航空) 日本語  なし  国の選択はあるが、言語は日英語のみ。
easyJet 低コスト航空会社 英語  目的地の欧州14言語から選択。国に無関係。  言語選択肢は、表示言語のみで表示。

(出典:筆者調べ。サイト仕様は執筆当時。)

こうしてみてくると、サイト制作者の気配りはわかるものの、まだかゆいところに手が届く、までには至っていないと思える。たとえ言語を選ぶ機能があっても、その前に「言語」という言葉のドイツ語を知らないと、どこから自分の使う言語を選べばいいかわからないサイトも少なくない。

その中にあって、うまくできているのは、イージー・ジェット(easyJet)という、英国の航空会社だ。同社はロンドンとジュネーブに本拠地を置き、欧州内の主要都市に低コスト低料金の航空定期便を提供する。

easyJetのサイトでは言語を14の選択肢から選ぶようになっている。居住国を選択する必要は無い。この方法で、利用者の居住する国と、その利用者が使いたい言語との不一致を難なく乗り越えている。

欧州は今、欧州連合域内の、人の移動の自由化を進めている。easyJetはまさにそれを先取りした。国と言語を一致させようと考えていないところが、見事にコスモポリタンだ。

多言語サイトのお手本―スイス連邦政府

最後に、スイス連邦政府のウェブサイトをご紹介しよう。スイスは連邦国家、つまり国家の連合体だから、どの言語も公平に扱わなければいけない。そういう国の政府のサイトは、お手本のような多言語サイトである。

例えば、連邦財務省のサイトはに、スイスの言語である独・仏・伊語の三つに加えて、四つ目に英語が入る。これはどの省でも同様である。

英語ページの情報量は他の言語に比べて少ないものの、基本情報は網羅している。こうして、連邦政府は世界に広く情報発信している。他国からの理解は、最大の国家防衛ではないか。この小国の国際性を、日本も見習っていいと思う。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2012年4月号

掲載原稿はこちらをご覧ください。

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