30年ぶりに戻ったら (94) — 町のビジネスから国際化は始まる

【必要な場所から、外国の人にも目配りのできる人から、
国際化は始まっている】

ある集まりで、「あなたはイスラム教徒が怖くありませんか?」と聞かれたことがある。外国語に興味を持つ人々の集まりだったので意外だった。彼女は、今まで一度も生身のムスリム(イスラム教徒)の人と話したことがないから、想像でそう言っているんだろうと思った。

ところが浅草に行ったら、観光案内所にハラル料理(イスラムの戒律に従って調理された食材を使った料理)を出す台東区内のレストランの地図が立派に印刷しておいてあるではないか!(写真下)上野や、浅草を訪れる外国人は多い。その中にはムスリムの人々も多いはずだ。この地域でもこんな地図が必要だから作ったんだろうな。

日本の国際化とはこうして必要な場所から始まっている。

また別の日、江戸時代の城下町を思わせる蔵造りの家の建ち並ぶ川越の繁華街を歩いていたら、「英語メニューあります」「中国語○○あります」と書いた看板が目に留まった(写真下)。ごく普通の定食屋さんである。

このお店は大したものだ。外国人の訪問客に、この看板で語りかけている。外国人の訪問者をここでもあちこちで見かけたし、町中の道案内も和英中韓の四カ国語で標記されていたが、お店の看板が外国語だったのは、私の気付いた限りではここだけだった。

日本の国際化とはこうして外国の人にも目配りのできる人から始まっている。

これがヨーロッパだと、テレビや洗濯機などの家電製品の取扱説明書がヨーロッパ大陸の10ほどの言語で書かれているのは珍しくない。そのために説明書が分厚くなっている、ということはよくあった。きっと日本もそこに向かう一歩を踏み出したんだろう。

これはどちらが良い悪いという話ではありません。世界はこんなもんだということで。

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学びのポイント:外国の人を受け入れる気持ちがこうして形になる。あなたも何か行動に移せないか、廻りを見回してみよう。

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