30年ぶりに戻ったら (172) — 移民、世代、言葉

【こういう光景を、わたしは沢山見てきた】

年末特別番組で、ゴッドファーザーという映画をテレビで観た。

大分前にもこの映画を見たことがあったが、今回は今までとは感じ方が違った。

ゴッドファーザーは、南イタリアからアメリカに移住してきた家族とそれを取り巻く人々の物語である。

映画に出てくる人々の、言葉の使い方の違いが、今のわたしにはとても懐かしかったのだ。これはかつてこの映画を観たときには全く感じることができなかったことだった。

移民一世はイタリア語が母語だが、アメリカで生きるために英語を学ぶ。その英語にはイタリア語のアクセントが強く残る。そして、家族や友人たちとはイタリア語を操って会話を楽しんでいる。

その娘や息子の世代、つまり移民二世になると、二つの言葉を使い分けている。

更にその子供たち、つまり三世になると、英語がその子たちの母語となる。彼、彼女らは学校でも、家の外で遊ぶ友人たちとも、英語で話しているに違いない。そして両親とも。

ただ、おじいちゃん、おばあちゃんと話すときにはイタリア語を使うことも出来る。

こういう光景を、わたしは沢山見てきた。

カナダで、パリで、ジュネーブで。

言語のペアは、英語圏では、英語と日本語、広東語、ポルトガル語、etc. となり、フランス語圏では、英語がフランス語に入れ替わるペアとなる。

こういう言語環境で育った人々が世界には何百万人もいる。今日本に住む外国ルーツの子供たちも、こんな言語人生をおくるんだろうな。

これはどちらが良い悪いという話ではありません。世界はこんなもんだということで。

ジュネーブの年の暮れ

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学びのポイント:こんな言語環境で生きていなくても、外国語に慣れるために出来ることは沢山ある。あなたも外国語をさらっと口に載せよう。まるで歌を口ずさむように。

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