30年ぶりに戻ったら (177) — 宝塚公演を観てタチアナを思う

歴史と難民とヨーロッパと

宝塚歌劇団宙組公演 アナスタシアを観に行った(写真)。
ロシアの最後の皇帝ニコライ二世の皇女アナスタシアの物語。ヨーロッパでは半ば伝説になっている物語だ。

素晴らしい舞台を観ながら、つい、タチアナのことを思い出してしまった。

タチアナは、ハーグ(オランダ)で行われた研修の同級生だった。
「タチアナ、あなたはドイツ語も話すの?
「ええ、ドイツ語は私の母語よ。」
「じゃあ、なぜあなたはロシア語の名前を持っているの?」
「それはね、祖父がロシア人だから。祖父はツアー(ロシアの皇帝)に使えていたの。それが1917年に革命が起きて、家族を連れてロシアを出てドイツに亡命したの。そのあと私が生まれたのよ。つまり私は難民の子だったわけ。
私は今でも難民をかばってくれたドイツには感謝しているわ。そして自分も難民のために何かをしようと思っている。
今はルクセンブルグに住んでいるけれど、そこで仕事の傍ら難民支援の活動を続けているのよ」

さらりとそういう話をするタチアナは、夫とは別れ一人で仕事をしながら3人の子供を育てている。

そして彼女は三つのパスポートを持ち、五つの言葉を話す。

タチアナのような人がヨーロッパにはそちこちにいる。そういう人に出会うのは、いつも偶然の機会なのだが、その偶然にあちこちで行き合う。

そういう複雑さを日常に抱えるのがヨーロッパという土地なのだ。

これはどちらが良い悪いという話ではありません。世界はこんなもんだということで。

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学びのポイント: あなたの祖父母の若かった頃の歴史について、きょうはちょっと考えてみよう。

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