30年ぶりに戻ったら (101) — ひとりにしておいて!

【お店で感じるアジア】

私は日本のお店の人はお客に奉仕する精神を世界一沢山持っていると思う。ヨーロッパから来ると、それがむずがゆいほど嬉しい。そして、少しホッとする。

しかし、その精神が息苦しいこともまた時々ある(お店で一生懸命に働く方、ゴメンなさい)。

私は洋服が好きだ。靴も好き。陶器も漆器も、etc. 美しいものなら何でも好き。

東京の洒落たデパートに行き、あれもこれもと美しく陳列されたそういうものを、ぼーーと見るのが好きだ。

ところがである。

デパートで私にはそういう楽しみがない。ぼーーと美しいものを見ていると。そのコーナー担当の誰かが近づいて来て、声をかけるのだ。

「何かお探しですか?」「そちらの器は○○で、、、」

ああ、いいんです、おかまいなく。済みません、買う気も無いのにお邪魔して。😨

それで思い出す、このお客との距離感、ここはアジアだなー。

以前シンガポールに半年ほど住む、というか、滞在したことがある。毎週、チャンギ空港を飛び立って東南アジアのどこかしらの国に出かける仕事があった。

東南アジアでは、お店に入ったら最後、何も買わないで出ていくのは相当に度胸がいる。一歩店に踏み込むと、または外からウィンドウを見ているだけでも、すぐにお店のひとがツカツカ早足で歩み寄る。

「何を買うのだ?」
「何を探しているのだ?」
「いくらなら買うんだ?」
「言ってみろよ、まけてやるよ」

と矢継ぎ早。😲

美しい商品を楽しむどころか、ものを選ぶ暇も無い。そうして結局買った、テニスのラケット、ミニコンポ(今では死語か?)、パンジャビドレス、etc.

ヨーロッパではこんな経験はついぞ無かった。お客と店の人は対等だった。そして、その二者の間には、うまく言えないが、カッキリした距離があった。こちらが声をかけないのに先回りしてあれこれ何かを言うことは無かった。

その典型がパリはセーヌ河畔に並ぶブキニスト、露天の本屋だ。

例えばこんな具合。古びた帽子を被り着込んだ服を着た粋なマダムが、自分の店の古本を冷やかす客など全く眼中に無いといわんばかりに、好きな本を読んでいる。彼女の目にも意識にも、お客はいなかったに違いない。

そしてそういう光景はあちこちに見られた。

これはどちらが良い悪いという話ではありません。世界はこんなもんだということで。

夏のアイガー北壁、孤高にも良さがある

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学びのポイント: 誰かを一人にしておく心遣いもまた良い距離のうちと心に留めよう。

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