30年ぶりに戻たら(164) — 忘れられない人々ーーGiuseppina ジウゼッピーナ
【暮らすって、こんなことなのだ】
いつもガソリンを入れに行くジャンーフランソワのお店の小さな掲示板に、ある日そのお知らせは貼ってあった。
Retouch (洋服のお直し致します)
それがジウゼッピーナを知った最初のきっかけだった。
それから何年だろう
わたしは欧州標準の服を買うと、必ずどこか直さなければならなかっ
胴廻りが合えば袖が長すぎた
ウエストが丁度良ければ、足が長すぎた
、、、、、
新しい服を買うと、わたしは袖を通す前にジウゼッピーナの家に行った
「あら、今度はどんな服を買ったの?」
彼女はそう言って、わたしを迎えてくれた。
ジウゼッピーナはイタリア生まれ。三姉妹の三番目だった。
姉妹は皆洋服が好き。ご縁があってジュネーブ郊外の公共アパートに住むようになったジウゼッピーナは、その洋裁の腕を生かし、ジュネーブ市内の高級デパート専属のRetouche(洋服お直し)の仕事を得た。
双子の娘たちを育てるために、ジウゼッピーナは家でも働いた。
アパートの小さな部屋にミシンを置き、近所の人々の洋服直しの仕事をしていた。
部屋は小さいけれど、窓一杯に木が茂っていた。それがジウゼッピーナのお城だった。
イタリアなまりの彼女のフランス語、日本語なまりのわたしのフランス語。わたしの持ち込む服を前に、わたしたちはいろいろな話をした。
このワンピースの裾はここまで上げる方が良いわーーさっさとまち針を打つ彼女の手先に狂いはなかった。
シルクロードで買った輝く青い絹は、彼女の手でこじゃれた夜会のトップに変身した
日本から持参した会津織は裏地を付けてランチョンマットに変身した
わたしが日本から彼女のために持ち帰った日本の着物の端切れを目にしたときの彼女の驚き!ーー模様が浮き上がっていない!生地と同じ平面にある!(わたしはそんなこと、考えたことも無かった)
暮らすって、こんなことなのだ。
わたしにはヨーロッパの服を直してくれる人が必要で、
そういう人を探すと、家から遠くないところに思いがけずそういう人が見つかって、
その人もまた、多くのジュネーブの住民と同じように
他の国からここに移り住んだ人で、
だからそのフランス語には故国の訛りがあって
2人とも洋服が好きだから、語ることは沢山あって
何度も彼女に仕立て直しを頼みに行くうちに、
ジウゼッピーナの長女は高校を卒業し、英語を習いにアメリカに行き、
それから職業学校を卒業すると赤十字に就職して、
家を出てボーイフレンドと住み始め
双子の妹娘は内気だけれども心の優しい子で
両親と一緒に暮らしながら仕事を探している
針と糸とミシンがあれば
どんな奇跡も起こせるジウゼッピーナ
今になって気がつくのだ
彼女がわたしにとってどんなに大切な人だったか
これはどちらが良い悪いという話ではありません。世界はこんなもんだということで。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
学びのポイント: 平凡な日々は、思いがけないほど多くの人々によって織りなされている。今日はそういう人を一人見つける日に!
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
- おなじテーマの人気記事はこちらです→
- 欧州生活30年の経験をもとに、講演、セミナー、執筆、取材を致します。テーマは多文化共生、お互いの違いを資源にするには?など。