隠れたダイバーシティ大国スイス
スイスというと、日本では、時計、チョコレートとアルプスがよく知られている。しかし、この国が実は隠れたダイバーシティ大国であることは、案外見落とされているのではないだろうか。
スイスには正式な国名が四つある。そこからもうかがわれるように、スイスは文化の多様性の大変豊かな国だ。そしてここには、このようなダイバーシティをリソースとして活用する仕組みがある。
1.スイスのダイバーシティは国の誕生から
スイスの国土面積は41.3 km2、これは九州(35.6 km2)より一回り広い程度だ。その中に国が26あると言ったら、読者はそんな姿をご想像できるだろうか?26の共和国(州)の参加する連邦、それがスイスだ。
こういう国だから、日本では考えられないことがいろいろ起きる。例えば義務教育。これは各州の権限だ。その結果、義務教育の期間や、学校のカリキュラムという基本的なことが州によりまちまちとなる。連邦全体を通して共通の制度が無いのだ。
このような国家ができた理由には歴史的な背景がある。
スイスには、歴史を通じて終始、領主に支配されない自由民の集まりとして存在してきた。まず13世紀末、自由民の集まりである盟約者団と呼ばれる人々がスイス中央部に成立した。その後、盟約者団の地域を核に、隣接する自治共和国(現在の州)が自由意志で参加を続け、結果として今のスイスとなる地域を拡げて行った。
その途上では、宗教改革、ナポレオンによる征服など、スイスも歴史の荒波を何度も被った。それでも盟約者団に参加する自治共和国の数は増え続け、19世紀中頃に現在の連邦制度の基礎が成立するに至ったのである。
このように歴史を通じて自治権を持つ共和国が緩やかに繋がって成り立つ連邦として成長してきたスイスだが、その根本精神は今も変わっていない。スイスのダイバーシティは、国の成り立ちと不可分なのである。
2.国境も国籍も”柔らかい”社会
スイスは外国との関係もまた、緩い繋がりを巧みに保っている。ここに住むと、国境は柔らかいと、しばしば感じられるほどだ。
例えばジュネーブは、その州境の80%がフランスと接している。残りの20%で、スイスと繋がっているにすぎない。いわば、ジュネーブはフランス領内に突きだした半島のような地域だ。
そのジュネーブは、周辺のフランス領内をも含めた経済圏の中心地でもある。高速道路の入り口や国際空港付近には工業団地があるが、そこには有名な高級時計メーカなど雇用力のある企業が立地している。
そこには、フランスの隣接地域から国境を通過して通勤通学する人々が日々7万人いる。その数は毎年4−5%づつ増加し、今では10年前の約2倍となった。
このような越境通勤者はジュネーブ州全体の就労者の約4分の1を占める。つまり、外国人の労働力があるからこそ、ジュネーブの経済は成り立っていると言える。
国籍もまた柔らかい。ジュネーブの人口の約60%は外国人、またはスイス人でない両親から生まれた人々である。しかもスイスは重国籍を認めている。例えば、スイス人の母親とフランス人の父親を持つ子供にはスイス国籍が与えられるが、その子供は同時にフランス国籍を持つことができる。そういう人が大勢いる社会では、「あなたは何人ですか?」という質問は余り意味を持たない。
3.ダイバーシティを支える合理的な行政
このような大量の外国人労働者は、越境労働許可証を持つ必要がある。その申請は、雇用者の義務である。ジュネーブの場合、人口50万人弱の州に、膨大な数のビザ発行の行政事務の負担がかかると思いきや、これが大変簡単で確実にできている。
越境労働者を雇う会社は、ビザの申請用紙を州政府のウェブサイトからダウンロードする。そこに必要事項を書き込むのだが、同じ用紙で当人の給料も申告するようになっている。次にその会社は州の銀行口座にビザ発行手数料を払い込み、その証明書を得る。最後に、それらの書類と申請する本人のパスポートコピーを同封し、州の移民局宛てに郵送する。
郵送したその日から、ビザは有効となる。つまり、越境通勤の社員は、その会社で合法的に働ける。一方、ビザ自体は、数週間後に雇用者宛に送られてくる。
この方法の優れたところは、ジュネーブ州は越境労働者の把握と共に、彼らから税金もまた確実に徴収することができる点だ。スイスでは、税額は国民の自己申告により決まるが、越境通勤者の税金だけは給料から天引きされ、雇用者を通じて州政府に支払われる。越境通勤ビザ申請の書類に給料が記入されるので、州政府は外国に住みながらスイスで働く人々から確実に税金を徴収することができる。
こういう簡素でありながら合理的な行政の仕組みが、外国人の就労を容易にしているのだ。
4.日本企業にとっての利益
ダイバーシティ豊かな社会は、日本企業にとっても利益が大きい。
まず、そういう社会は、他所から来た者にとり、入り易い。スイスでは日本企業も外国企業扱いされない。オフィスを借りるにも、地元の商工会に参加するにも、外国企業という理由で別扱いされることはない。
異文化に対し寛容な気風はまた、現地の人材採用を容易にしている。外国企業に対して求職者に抵抗感がないのだ。
また言語資源も豊かである。人々は小学校から母語以外の言語を学んでいるため、2-3の言語を話す人は珍しくない。そのため、いくつかの言語に堪能で、かつ、業務に必要な資格、経験を持つ人を採用することができる。このような語学能力は、欧州でビジネスを展開する際には必須だ。単一言語地域である北米と違い、欧州には言語が多数あるからだ。
外国人に寛容なスイスには、大学などの研究機関に世界中から優秀な研究者が集まる。受け入れる方もスイス人だけで研究開発を担おうとは考えていないのだ。そのうえ、政府が産学連携を奨励しているため、主立った工科大学には、キャンパス内にも企業のオフィスがある。その中には日本企業もある。
日本に移り住む外国出身者はこれからも増える一方だろう。そのような人々を受け入れ、文化の違いを資源としてその人々を社会に生かし、日本人と共に生きる知恵を育てていく時に、スイスのこのような地に足の着いたダイバーシティを支える仕組みは、日本にとっても参考になるに違いない。
この原稿は、「特集 ダイバーシティの活用と促進」、グローバル経営 2016年7/8月合併号、PP14-15、一般社団法人 日本在外企業協会発行、に掲載されたものを、編集部のご許可を得てこちらに転載しています。
掲載稿はこちら→ 2016_07 スイスのダイバーシティ
スイスのやり方が、とてもよくわかりました。グローバル化が日本でも言われていますが、まだまだ門が広く開かれていないようです。人口が減っていく日本ですが、本当に先のことを考えてくれる政治家なり、企業人の出現が望まれます。