30年ぶりに戻ったら (88) — 日本は単一言語だからそれができる
【確かに日本は文字の国。でも単一言語だからそれができるのだ。】
いつも英語についてユニークで深い洞察をブログに書き綴っている、英語職人ちえみさんChiemi Allwright。ちえみさんのきょうのこんな一文に目を惹きつけられた:
(引用)日本は極端に文字偏重社会だと思います。外を歩けば、看板や注意書きなど本当にたくさんの『文字』が目に入ります。よくコンビニで売っているお蕎麦、つゆが入っている小さいなビニール袋には「勢いよく開けますと中身が飛び散る場合がございますのでご注意ください」と書かれています。(引用)
確かに、日本にはここにあるそばつゆのビニール袋の注意書きやそれに類するものが多いこと、多いこと!
日本に比べたら、ヨーロッパなんて自己解決の社会だったよなー、とそのサービス精神の無さを懐かしくさえ思う。極端な言い方をすれば、消費者は何か商品を買ったが最後、その後のことはすべて自分の叡智にかかっている。どこから開けるかわからないその商品の分厚いセロハン紙に爪を立て、開けたと思ったらぴゅっと飛び散る汁に指とたまたま着ていた白いTシャツを染められて、、😰
こうして私は自己責任がなんたるかを学んで行った。
スイスに長く住んで、日本では商品にここまで文字を書ける理由がわかった。
日本語しかないからだ、この国には!
スイスのスーパーでチョコレートを一個買うとしよう。日本の板チョコと大きさはさほど変わらない。
チョコレートをクルッとひっくり返して裏側を見る。フランス語、ドイツ語、イタリア語で、同じことが書いてある。商品説明、材料、重さ、消費者相談室の連絡先 etc.
板チョコの面積に三つの言語が詰め込まれている様を想像して欲しい。
多言語国スイス。法律で決まった必要最低限のことを印刷するだけで、商品のスペースは埋まってしまう。「勢いよく開けますと中身が飛び散る場合がございますのでご注意ください」という親切な注意書きを小袋に入れるスペースはもう無いのだ。
例えば、下の写真をご覧ください。六つも効用があるというホチキスの商品説明!😲スイスではこれを3カ国語でやらなければならない。当然、このスペースでは出来ない話である。ところが、日本では言語が一つだから、こんなことが出来る。
これはどちらが良い悪いという話ではありません。世界はこんなもんだということで。
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学びのポイント: 人生も世界も、機会のデジタルと人間の持つアナログ感覚とが補完し合ってうまく行っている。
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- 欧州生活30年の経験をもとに、講演、セミナー、執筆、取材を致します。テーマは国際ビジネスにひそむ見えない文化ギャップ、多文化共生、など。
日本も米国同様, excuse社会になったために注意書きが氾濫している。
米国では、愛猫を洗って電子レンジで乾燥させ焼き殺したり、高温の珈琲を股間に挟んだまま運転した挙げ句に大事な部分を大やけど。こう言う非常識人が悪徳弁護士と組んで、企業に損害賠償し多額を得る変質した訴訟社会。
51番目の米州化した日本も、常識の欠如、注意書きがなければ何をしてもOKと言う馬鹿度が米国並に進んだ今、注意書きはますます増えるだろう。今や、民度は中韓以下。